「今更」/赤い公園

復帰第一弾シングル。音楽を語ることは能力的に無理なので、歌詞だけに注目して書いていく。

少しの寄り道も避けて
白いビニール被って徒競争
ひとり立ち尽くすガードレール
みんな目指した目的地は空っぽだった(「今更」)

 いまいちわかりづらい状況だ。徒競走は寄り道するものではない。100メートル走で途中で水飲みに行くやつはいない。全力で走ってタイムを競うものである。”白いビニール”とはなにか。白いビニールを被るとどうなるか。

①顔がなくなる(全員同じ見た目になる)

②方向感覚がなくなる(どこへ向かっているのか、自分がどこにいるのか分からなくなる)

③呼吸を繰り返すたびに酸素がなくなって、呼吸不可能になる

ざっとこんな感じだろうか。この歌詞、見た感じだと、みんな無益な競争をさせられてる、無個性だ、といった社会批判(①)っぽいが、おそらく違う。例えば学歴競争だとか、就活競争だとかはビニール被っての徒競走ほど狂ったものではない。参考書とか、企業訪問などで対策可能だし、完全に方向を失ったタイプの競争ではない。

ではここでの競争はどんなものを指しているのだろうか。おそらくアーティスト稼業のことだろう。津野は走るのをやめ、道のわきにあるガードレールでひとり立ち尽くしている(③)。”みんな目指した目的地”とはメジャーデビューのことではないか。彼女はメジャーデビューのあと体調を崩し、休業している。

しかしビニールを被った徒競走にはゴール(目的地)はないはずである(そもそもビニールを被って全速力で走っているのだからゴールを見ることはできない)。だが比喩の世界からいったん抜けだして現実的に考えれば、「メジャー」がひとつのわかりやすい「目的地」であり、”みんな目指した目的地”でもあることは確かだ。そこに至る道は誰も分からず、参考書もないのではあるが。さらにメジャーデビューしたところで、音楽活動に正解などない(②)。

ふらついたままで家まで
突っかけただけのハイヒール
異常を来してるのは
どちらかなって気づいて(「今更」)

津野と思われる女はギブアップして家まで帰っている。徒競走には合わないハイヒールで白いビニールを被って走るなんて狂気の沙汰だからだ。ギブアップする津野と、ビニールを被ったまま走り続ける人間たちはどちらが”異常を来している”のだろうか。

バックオーライ
そう皆様
生き急いでった奴らを
祝福できるかな今更
引き止めなくっちゃ
まず 君から(「今更」)

これは”生き急いでった奴ら”または”生き急いでる奴ら”への曲なのだ。”生き急いでった奴ら”は過去形であるためもういないだろう。”祝福できるかな今更”、つまり崩壊した人間を今更祝福できるかな、といってるのである。だから死なないように、崩れ落ちてしまわないように”まず君から”引き止めようとしてるのだ。

止めどなく雪崩れる
血走った目玉
こっちを向いてよ
頭冷やしたいなら
バケツをひっくり返せ(「今更」)

異常な競争をしている人間たちはビニールのせいで呼吸もうまくできず、目が血走っている。そいつらがどんどん雪崩のように崩れ落ちていく。”こっちを向いて”いったん立ち止まった私を見て、頭冷やせよ、とアドバイスしている(おそらく自分へのメッセージでもある)。

タッチ交代
もうくたくた
置いてけぼりの私に
走る気はないさらさら
恨めしがってんならそろそろ(「今更」)

しかしそれでいいのか。”もうくたくた”で”置いてけぼり”の津野は”走る気はないさらさら”と言いつつ、その気の狂った競争を横目で見ながらこう思うのだ。”恨めしがってんならそろそろ”戻るか、と。

バックオーライ
そう皆様
遠のいてった君に
振り向いてって言えるかな今更
聞こえるように叫ぶから(「今更」)

じつはこの”遠のいてった君に 振り向いてって言えるかな今更”が気になって「今更」を取り上げた。これはふた通りに取れる。「生き急いで崩壊していなくなった君」と「生き急いでどんどん差をつけられもう見えなくなった君」である。個人的にこれは後者に思えるのだが(しかしこの二つの組み合わせの、「生き急いでどんどん差をつけられ見えなくなったのだが、そのはるか向こうで崩壊してしまった君」の可能性もある)。とりあえず今回はここで終えるが、この「振り向いて」は津野の歌詞においてキーワードだと思うので、機会があればまた考察してみる。

 

追記:事実誤認があったので少し。「今更」はデビュー前からあった曲らしい。そしてデビュー数日後のライブでも演奏されたらしい。論旨にあまり影響はないので、文章は変えない。その意味はあえて書かないが、この曲は津野米咲にとって非常に重要なはずである。